メクレンブルク‐シュトレリッツ大公国領
プロイセン/バイエルン/ヴュルテンベルク/ザクセン/メクレンブルク‐シュヴェリン/ヘッセン/バーデン/オルテンブルク/
テューリンゲン/ブラウンシュバイク/アンハルト/リッペ‐デトモルト/メクレンブルク‐シュトレリッツ/ワルディック/
スカンバープ‐リッペ/ハンザ同盟都市(リューベック・ハンブルク・ブレーメン)/エルザス‐ロートリンゲン/
ドイツ帝国
メクレンブルク-シュトレリッツ大公国【首都】ノイシュトレリッツ
アドルフ・フリードリヒ6世 1882年6月17日生〜1918年2月23日没
歩兵第89連隊 第2大隊の大隊長
メクレンブルク-シュトレリッツとメクレンブルク‐シュベリンは、その名が示すとおり従兄弟関係にあります。 フリードリヒ-フランツは、終戦を迎える数ヶ月前(1918年2月)に人妻(皇帝ヴィルヘルム2世の友人?)との不倫が発覚し謎めいた死(自殺)を遂げています。次の正当な血筋の後継者カール-ミヒャエル公は、ドイツを嫌いロシアに移り住んでロシア皇帝の軍隊で勤務しました。そのため、戦争が終わったときには「大公」が不在になっていた為に、いとこに当たる(メクレンブルク‐シュベリン(摂政)のフレドリック‐フランツ4世)は、その役目から退きました。 1914年にカール-ミヒャエルは、手紙で相続の権利を放棄する旨を伝えようとしましたが、ドイツ革命が起こったために1919年までその手紙が渡されることはありませんでした。 最終的にカール-ミヒャエルは、相続人を決定することが叶い、今でもその家系は続いています。
大変少数の分遣隊である第89師団第2・第3大隊及び第24野戦砲兵師団これらの部隊 情報を見つけた時には恐らく言い様の無い喜びを感じるはずです。 第9軍歩兵第17師団所属であること以外にこれらの隊に関する情報を見つける事が非常 に難しいからです。 |
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ヘルメットについての興味深い事の1つには、コカルデに関してメクレンブルクのコカルデ(色)しかないということです。 シュベリンとシュトレリッツの両方とも同ものが使用されたようです。 |
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一般兵用 | 将校用 |
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一般兵士用真鍮製ベルト用バックル | |